その店は田んぼの中に佇んでいた。
名を「田吾作」という。
初めて訪れたのは、8年前である。
厨房に立つおばあちゃん1人の後ろに、青々と広がる田んぼと山々が美しかったことを思い出す。
アオサうどんに野菜を追加して頼むと、おばちゃんが言った。
「野菜は全部自分の畑で作ってんのよ」
「そうですか。今はどんな野菜ですか?」
「人参でしょ。ほうれん草に大根、ネギ。あとは忘れた」。
可愛らしいおばあちゃんはそう言って笑った。」
薄口醤油の甘さが効いたこぶだしの淡い色のつゆが美味しかったことが忘れられない。
今回8年ぶり訪ねた。
佇まいは変わらず、クンターから厨房越しに見る畑の光景が、清々しい。
だが店主は変わっていた、別の老女主人がやってらっしゃる。
前の女性から引き継いだのだと言う。
使う野菜は変わらず自家菜園で、「80%が自分とこの畑のものです」と静かに言われた。
佇まいもさることながら、こんなうどん屋は他にないだろう。
日射率が高く、野菜がよく育つ高知だからこそできる商いなのかもしれない。
そこで野菜が入った「田子作うどん」650円を頼み、できるまでおでんを少しつまみながら、待った。
「田子作うどん」が運ばれる。
うどんの上に乗せられしは、青菜、白菜、ネギ、にんじん、玉ねぎである。
白菜をネギを、人参を玉ねぎを食べて思う。
野菜の味が濃く、甘い。
「のびのびと太陽の光と土地の養分をいただきながら育ちました」と言っている野菜である。
嬉しくなって、次に高価なうどんである「四万十川うどん」2000円も頼んだ。
四万十川の名物が、こじゃんとのったうどんである。
川海老はなんとも香ばしく。ほろ苦い鮎の素揚げで胃袋が刺激される。
そこへ野菜の甘みと青のりの香りが加わって、どこにもないうどんの味が広がった。
途中で、青海苔をつゆに溶いてみた。
変わらぬ薄口醤油の甘さが効いたこぶだしの淡い色のつゆの味は優しくまろやかで、そこへ青のりの香りが溶け込んで、笑顔を呼ぶ。
「野菜は有機に近いやり方で育てているのよ」。
と、おばさんは少し鼻高々に言う。
自ら作る野菜に誇りがあるのだろう。
「つゆがおいしいです」と伝えると、
「鰹節、メジカ、鶏ガラで出汁をとっているんです」と答えられた。
なかなかの手間隙である。
澄んだ味わいだが、深みがある。
そこへ太いうどんがもちもちとからむ。
この店で一人静かに食べるうどんは、いい。
うどんの味も素晴らしいのだが、なにより、都会の汗や速度とは無縁で、時間が止まっている。
白昼夢のうどんである。